少し前、あるフリーランスの方が、大変そうに仕事をしていた。
「いやー、プロジェクトが忙しくて寝る暇もなくて……」
と彼はいう。
「そんなに仕事があって、羨ましいですね。」
と同情すると、彼は
「いえいえ、これ、ほとんどお金にならないんですよ。」
といった。
聞くと、その金額でこの働き方はちょっと……と言うほどの仕事。しかも、クリエイティブな仕事というよりも、どちらかと言えば雑用のような仕事だ。
私は「なんで、金銭的にも、スキル的にも見返りのないような仕事を一生懸命やるのですか?」と聞いた。
彼は一言、「さあ……何でですかね。美学なんですかね。自分達の仕事に自信をを持ちたいじゃないですか。」
と答えた。
知人の一人に「幼稚園の父母会の役員」を進んでやっている方がいる。
父母会はweb上にコミュニティがあり、役員は、父母会の誰かが投稿した質問のすべてに対して、「調べて回答する」という役割を負っているとのこと。大変そうだ。
もちろん、役員は損な役回りである。あたりまえのように周りの父母たちは
「いかに役員をやらずに済ませるか」
「いかに楽にこなすか」
ばかりを気にしているが、その方は「まじめにやってみると楽しいよ」と、生真面目に役員の勤めを果たしている。
その方がいなければ、おそらく父母会は機能しないだろう。ただ、その方には誰も感謝していない。むしろ「変わった人扱い」されている。
昔からの仕事仲間に一人、職場でファイリングや倉庫の整理など、「成果に直結しないので、誰もやりたがらない仕事」を進んで引き受けている方がいる。
彼と話すと、「マンションの管理組合の役員」などもすすんで引き受けているらしい。
「みんなやりたくなさそうだけど、誰かはやらなくちゃいけないし、自分の勉強になると思って引き受けた。」
とその方は言う。
彼がきちんとマンション管理を勉強し、周りを巻き込んで適切な管理会社と取引をした結果、管理コストなどの負担をかなり改善出来たという。
「でも、あまり感謝はされないけどね」
と彼はこともなげに言う。
しかし、一つの疑問がある。一体なぜ彼らは頑張れるのだろうか。
彼らに理由を聞いても、
「さあ?そんなに見返りが欲しいなんて、おもわないけど」
という返答が返ってくるばかり。
実際、ビジネス的な文脈から言えれば、彼らの行動はみな、上司から「お前、無駄な仕事をするんじゃない」と怒られるものばかりだ。
多くののビジネスパーソン・学者は「人はインセンティブで動く」と考えているが、彼らの行動は説明できない。
これについて暫く考えていた所、ある会社でミーティング終了後に一人の若手社員とこんな会話になった。
「うちのボス、必ず自分の飲み物は自分で片付けるし、ホワイトボードなんかも下の人に任せずに消していくんですよね。」
「そうなんですか。」
「はい。私の前の会社は、下の人が雑用をやるっていうのが当たり前だったんで、変わってるなと思って。で、ボスに「上の人が雑用をやるなんて、珍しいですね」って言ったんですよ。そうしたら、ボスが言ったんです。」
「なんて言ったんですか?」
「「どんな場所でも誰かが人の嫌がることをしなくちゃいけない。それを進んでやれる人間がわずかでもいる職場が、いい職場なんだ。」って、言ったんですよ。私、なんか妙に納得してしまって。」
「良い職場なんですね。」
「そうですね、ここはいい会社ですよ。」
彼らを動かしているのは「見返り」ではない。
だが、彼らこそ、真に「コミュニティ」を理解する人々であり、組織に不可欠な人材である。
(2024/4/21更新)
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